プロジェクトストーリー




石本 大輔
パフォーマンスケミカル部 第2課 課長
2006年入社

[プロフィール]
父親の仕事の関係で、8歳から14歳までアメリカ、カナダ、香港で2年間ずつ過ごす。その6年間で身に付けた英語力と国際感覚を活かすべく蝶理に入社。セクションの異動はあったものの、入社以来、主にウレタンに関する商材を扱っている。




10倍にする目標を携え、希望の海外駐在へ。


入社して営業に配属となり、ウレタン原料の販売を担当しました。販売先は主に海外でしたので、海外出張にはよく行っていましたが、私の希望は、海外駐在。30歳までに海外駐在させて欲しいと常日頃から上司にアピールし、29歳の時にインドネシアへ駐在することに。 当時、インドネシアでのウレタン原料の販売量は少なく、年間約1,000トン。日本のメーカーから仕入れて販売するのですが、マーケット自体は大きいものの、弊社としてそれほど注力していなかったというか、販売ルートがなかったというのが実状です。 希望していた海外駐在、私が行ったからには10倍の1万トンくらいは売ってやろうと。何の根拠もありませんでしたけど(笑)、勝手に目標を決めました。行けばなんとかなるだろう。そんな楽観的な意気込みでインドネシアへ駐在しました。


アポ取り、商談、プレゼンテーションの日々。



弊社が販売するウレタン原料は、化学反応で膨らみ、ベッドのマットレスや自動車のシートクッションなどに加工されます。 私がインドネシアでまず行ったのは、家具屋などのショップへ伺いメーカーを調べること。イエローページやネットを駆使して探し出し、アポを取ってとにかく会ってもらえるように一生懸命働きかけました。これらのメーカーは大手グループ企業や財閥企業ではなく、一代で築き上げた中小企業がほとんどで、商談を取り付けた際にはたいてい社長が応対してくれます。それは取り引きする金額が何千万、何億円と大きくなりますので、直接確認するためでしょう。 私は何人もの社長とお会いし、蝶理の概要をはじめ、私の経験とやりたいこと、情熱などを話し、検討してもらえるようプレゼンテーションしました。大切なのは、信頼されることです。






熱意と真摯な姿勢が認められ、増加する受注。


お会いした社長の多くは華僑の方で、彼らはたいてい英語が上手ですので私とスムーズに会話ができ、少しずつ受注をいただけるようになりました。 彼らが見ているのはもちろんコストと、長期的に安定した取り引きが可能かどうか。さらに何をメリットと感じるかはユーザーによって異なりますが、それをいち早くキャッチし、弊社であればこういうことができるという可能性の提示です。 日本のメーカーはできるだけ高く買って欲しい、一方インドネシアのユーザーは安く買いたい。そのバランスをふまえたうえで、双方のメリットを理解してもらいます。日本のメーカーは世界的に見ると、生産能力が高いわけではなく、価格もデリバリースピードも優位とは言えません。そこを決断させるのは熱意と、決して裏切らない、逃げないことで、時間の経過とともに受注は増えていきました。


目標の1万トン達成。今後も信頼に応えていく。


私がインドネシアに駐在した時に約1,000トンだった販売量は、翌年3,000〜4,000トンに、さらに5,000トン、8,000トンとなり、帰国する6年目に目標だった1万トンを達成しました。公言通りの結果が出せた達成感は格別だったうえ、会社から賞もいただき、大変光栄ですが、これは私一人の力で成し得たことではありません。現地スタッフをはじめ、日本の物流部、仕入れ先の日本のメーカーなど、多くのサポートがあってこそ実現できたものです。このプロジェクトでいちばんうれしかったのは、信頼されたということです。そして石本という人間を通じ、弊社の総合力が高く評価されたと思っています。 今後もウレタンには関わると思いますが、扱う製品に関わらず、多くの人の信頼に応え、会社と世の中に役立つことをしていきたいですね。


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