「私にしかできない」プロジェクトストーリー

海外間による現地販売プロジェクト

芦田 尚彦

山積する国内環境を打ち破る、次の一手を。

「プロジェクトというのは、世の中やマーケットの変化を先んじて読みとり、そこに課題を見出し、動き出した瞬間から始まるものだと考えています」芦田がこう話す通り、このプロジェクトが立ち上がった今から数年前、蝶理は将来に訪れ得る変化にいくつかの課題を見出していた。まずは、“国内市場の縮小”。商材により多少の差はあれど、国内市場向けのOEM輸入ビジネスに、もはや大きな成長は期待できない。限られたパイを奪い合うような競合他社とのビジネス競争から、いかに抜け出すかという課題があった。次に、“為替の変動”。蝶理の繊維製品のように海外で生産し輸入を頻繁に行う商社では、為替の変動は時として大きなリスクになる。当時の蝶理社内では急変する為替リスクに対して、どうアプローチしていくかも、重要な課題として挙がっていたのだ。そして、“国内における素材供給”。クオリティは申し分ない国内の素材メーカーだが、一方で価格の高騰や開発スケジュールの都合が合わないケースも散見された。“国内市場の縮小”“為替の変動”“国内の素材供給”。山積するこれらの課題を一掃できる新たなアイデアが求められる中、芦田は海の向こうにヒントを見出していた。

海外による、海外に向けた、新たな蝶理のビジネス。

日々、ビジネスの拡大を続ける蝶理の紳士・スポーツウェア部。その発足に携わり、現在も部長として活躍する芦田は、そんな部の特長を“商売をつくりに行く姿勢”と表現する。「例えば、来シーズンの提案に向けて、新たな生地や素材をメーカーと一緒に開発する。その一方で、それらを使った機能性の高い商品をお客様に提案する。いわば“需要と供給”を同時に生み出す訳です」“待っていても商売にはならない”と断言する芦田。そんな紳士・スポーツウェア部が、国内で山積する課題を一掃するために挑んだこと、それは『蝶理の海外現地法人による、海外対海外間のビジネスの促進』だった。それまでは“海外現地法人=日本発ビジネスのサポート部隊”という構図。これを180度転換し、中国やタイの現地法人で働く現地スタッフに、自らの裁量権で決めた独自のビジネス販路を開拓させようという、いかにも紳士・スポーツウェア部らしい“攻め”の試みだった。 幸い、海外で働く駐在員、ナショナルスタッフには、優秀な人材が沢山いて、サポートの立場でなく、自ら販売しに行く事が可能であった。 これにより、広大な海外市場の開拓に繋がるほか、ドル円の値動きによるリスクを受けにくい“海外対海外間のビジネス”を生むこともできる。さらに、素材の開発・生産も海外で行うことで、素材開発におけるコストカットも可能だ。数々の課題を解決できる新たなビジネスモデルだったが、同時に新しさゆえのハードルも存在した。

世界中の“商売をつくりたい人”とともに。

蝶理でも未知の取り組み。海を隔てた先にいる海外のスタッフに自走してもらうには、多くのハードルもあった。“モチベーション”もその1つだ。「当然ですが、気持ちが湧かないと仕事は成り立ちません。ですから、大きな裁量権を彼らに与え、それぞれの国から“こんなことがやりたい”という声が自然と上げられる環境づくりは意識しましたね」。また、海外における“商社”という存在への無理解も壁となった。「海外のお客様にとって、商社というのはいわゆるファブレス企業(工場を持たない企業)。敬遠されることすらあります。しかし、蝶理では開発や企画といった付加価値にこそ自信がある。その“商社だけど商社ではない”という点を理解してもらうのには、苦労しましたね」。多くのハードル、数々の困難を乗り越え、その結果は明確な“利益”となって表れることとなった。「市況により多少の変動はありますが、このビジネスモデルは年々着実に拡大しています」。若い世代にも、失敗を恐れずもっとやんちゃに挑戦して欲しいという芦田。どこまでも前のめりに商売をつくりに行く彼の姿勢は、これからも世界中の挑戦者と共にあるだろう。

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